NEF 財団法人 新エネルギー財団「地熱エネルギー」NO.96 2001/10月号掲載
NEF 財団法人 新エネルギー財団「地熱エネルギー」NO.96 2001/10月号掲載 特集:地中熱の利用 外気と地中との温度タイムラグを活用した地熱住宅 エコホームズ株式会社 主任研究員 宇佐美智和子 はじめに ・ 地中温度のタイムラグ ・ 日本の風土における地熱住宅の問題点 ・ 半年前の熱を生かす地熱住宅「エコシステム」の概要 ・ 地熱住宅「エコシステム」の実態 a 夏冬共に冷暖房をしないI邸のデータ b 長期測定による地中温度のタイムラグ(モデルハウス) c 日常生活の営まれているT邸の地中温度 おわりに 日本最低温度記録(-41℃)を持つ北海道上川地方のアイヌの伝統民家「チセ」は、屋根・壁ともに笹葺きの土間床住宅であったが、伝統の住まい方を守る素朴な生活が、結果として、外気温と地中温度との半年のタイムラグを生かすことになっていたらしい。 消えない程度に火を絶やさず燃やし続けること(1で夏にあたためられた土間床が秋から冷え込むのを抑える。これによって夏の熱が地下5mに届く冬には、大蓄熱層を形成して土間床の温度を支え、「暖房空間」になっていたらしいとの知見を得た。(2〜(9 そこで、現代住居において、外気と地中との温度タイムラグを活用して、夏の熱を冬まで、冬の冷熱を夏まで、利用可能な温度で床下地中に持ち越し、居住部が半年前からの温熱冷熱に支えられる地熱住宅を開発した。 1990年よりエコホームズで建築していた外断熱住宅を1994年6月から本格的地熱住宅「エコシステム住宅」とし、次いで 「エコシステムのエッセ-21」として千葉県下に提供し、現在430棟余になる。 外気温と地中温度とのタイムラグを活用した地熱住宅であることの検証は、モデルハウス内外の地下5mまでと室内環境測定用と合わせて90本の温湿度センサーを埋め込んで1997年3月から2001年8月まで実測に基づいて行ってきた。 一方、生活を営む住宅(千葉県八日市場市のT邸)においても、共同研究者である施主の全面的協力によって、各室の温湿度と併せて住宅内外の地下5mまでの地中および床下に30本の温度センサーを埋め込み、2000年3月から測定を開始した。また子メーターによるエアコンの消費電力の計測を毎日記録している。 これらの結果を基に、エコホームズの地熱住宅である「エコシステム」について、地熱利用の方法と実態を報告する。 a. チセ研究で地下5m温度の夏冬逆転を知る 屋根・壁ともに笹葺きのチセが温かかったとの記録や言伝えが残されている(10(11。その解明のために、アイヌは夏も火を絶やさないという伝統の住まい方を実証してみることにしたが、諸般の事情から、連日加熱を開始できたのは11月22日であった。また復元標本住宅であるため夜間は加熱はできず、夕方には火種を完全に消さねばならなかった。当初は日中だけの雪が消えない程度の加熱の蓄熱効果は明らかでなかったが、12月5日に床造り(ヨシやカヤを土間床の上に敷き詰める)が完成した夜から土間温度が変化した。 床造り前の土間表面温度は、夕方火を消すと外気温や室温が下降するのに連れて下がり、朝方は-2℃程度まで下がったが、土間床地中は日中と変わらず-10cmが2℃前後−30cmが3℃〜4℃を維持していた。ところが床作りを完成してからは、土間表面温度は地中と同じく夜間低下しなくなって、表面も-10cmも-30cmと同じ温度レベルとなり、-20℃以下の日が何日続いても床造り完成時の温度以下にはならなかった。 床造りによって火の輻射熱が土間床に届かなくなり蓄熱効果が下がるのでは、との予想に反して一夜にして土間表面温度が5℃近くも上昇した。土間表面からの放熱を防ぐことが土間床温度の維持に最も効果があった。とすると、土間床は巨大な発熱体か。絶やさない火は放熱を抑える床造りの役割を補助するものであったのか。 地中温度データを旭川地方気象台で調べてグラフ化した時、外気と地下5mの温度タイムラグは半年近いことを知る。地中温度測定は多くの都市で50年余り中断されたままになっているとのことで、データは古かった。1940年代中期、旭川の月平均温度が-10℃の冬、地下5mは年間最高温度の+10℃となっている。(第1図) 床造りしたチセでイロリの火を「火の神」として消えない程度ながら絶やさず燃やし続けることが、結果として土間床の冷え込みを抑え、冬季に地下5mまでの約10℃の大蓄熱層を形成していたらしい。チセはその土間床の温度に守られる温度環境であったと推定される。 b. 夏(冬)の床下地中温度を冬(夏)に利用可能な温度で持ち越す 南関東においては、暑い夏の熱が地下5mに届いた時の温度は、気象台のデータによると11月に東京が18.8℃、銚子が18.6℃となっている。床下地中は地上に建物があるために外界からの影響を受けにくくなり、地下より浅い地中もタイムラグが長くなる。これによって、冬まで持ち越す地温も地下5mの年間最高温度より高くなる可能性がある。 そこで、まず住宅の温熱環境に直接影響を与える床下の地中温度を、外気とのタイムラグを大きくして、冬季に地下5mの年間最高温度の18℃レベルで持ち越すことを図った。床下温度を支える床下地中温度が冬中18℃レベルあれば、暖房エネルギーゼロハウスの可能性もある。 床下地中を地下5mの温度環境に近づけるために、まず、建物外部の基礎部分より受ける外気の影響を最小限に留める方法として基礎外断熱工法とし、断熱強化を図った。 床下地中温度は床下温度の影響を受け、床下温度は住宅性能に左右される。その住宅性能を大きく決定するのは窓の性能である。床下の地中温度のタイムラグを大きくして夏の熱を冬まで持ち越すためにも、日射熱の取得と断熱を両立できる二重サッシ+断熱雨戸の重ね着の窓として熱貫流率(K値)を1.6W/・・Kにし、熱損失係数(Q値)は1.5 W/・・Kを目指した。 なお、アイヌのチセにおいて年中火を絶やさなかったのに倣って、住宅上方に溜まりがちな日射熱を初秋より床下に吹き下ろして床下温度の冷え込みを抑え、夏季からの床下地中温度を、冬季まで利用可能な温度で持ち越すことに努めた。 冬季の木造住宅において、夏季の外気温と地温とのタイムラグを活用して、床下地中を地下5mに匹敵する温度で持ち越すことに問題はない。しかし、外気が高温多湿の日本の夏季に、床下地中に冬季からの冷熱を持ち越す場合は、積極的な床下除湿対策が必要となる。この除湿対策が確立しない限り、耐久性に大きな問題をかかえたまま、タイムラグを活用する地熱住宅は成立しない。 完全外断熱による床下〜壁空洞〜小屋裏への床下垂直換気確保、床下と1階との通気孔や通気幅木、通気ガラリ、土台切り欠き、などの各種通気に加え、床下除湿システムを設置し床下低温空気を汲み上げて活用することによって除湿が図られるものとした。 エコシステムは、冬季はタイムラグによる半年前の夏の熱と、秋から冬の太陽熱との相乗効果で床下地中温度を利用可能な温度で冬まで持ち越して床下から家全体を支え包む。夏季は冬から持ち越した低温の床下地中温度に支えられた床下に、エアコンによるドライ空気が床下に吸い込まれ、一層冷やされて住宅上方に放出され再利用される。 これらの機能を発揮するために下記の3つの要件を整える。 ・屋根・壁・基礎の全てを躯体の外側から断熱材を張る完全外断熱の在来工法で2重サッシ+断熱雨戸の重ね着の窓。 ・床下空気が断熱材の内側の壁空洞を通って小屋裏に抜ける通路を確保し、いかなる木部も封じ込めない。 ・床下と1階の通気を図る。 その上で、夏季は床下冷気を利用することが床下除湿となり、秋からの日射熱や冬の暖房熱を床下に蓄熱する「床下システム」(16Wh)を備え、日本の気候に適した効率換気を多量にすることができる独自の換気システムを組み込む。エコシステムは第2図に示す。 エコシステム住宅の例として、千葉県海上郡にあるI邸の概要は次のとおりである。 ◎延べ床面積/167・◎実質延べ床面積/208・◎相当隙間面積(C値)/0.67c・◎断熱材/B類3種ポリスチレンホーム(屋根75mm、壁50mm、基礎外断熱50mm+特殊断熱50mmを45cm幅)◎熱交換機設置◎熱気抜き用ルーフウインド設置 エコシステムの住宅は、冬季はほとんど暖房をしない人が多く、居間にホットカーペット、コタツという住宅が多い。それに対し、夏は床下を含めた家中の除湿器として2階ホールのエアコン1台をドライ27℃前後の設定で運転することを勧めている。 しかし、I邸では、夏冬共に自然に生活したいとのことであったので、1997年8月19日〜8月26日までの1週間(第3図)と、1997年12月26日〜2月7日までの43日間(第4図)の測定を行った。重ね着の窓を適切に開閉するだけで、冷暖房を必要としない室内環境を創ることができるエコロジカルな地熱住宅であることを検証したデータである。 地熱住宅は、床下からの地中温度で家中が包まれているので、その輻射熱によって室温は低めでも体感温度(作用温度)は寒さを感じないのである。測定期間の湿度は55%を中心に50%〜60%内を経過している。低めながら暖房をしない自然な生活は、湿度が理想的であるのが興味深い。 成田モデルハウス(エコシステムのエッセ21)における地中温度の測定結果について述べる。 ◎測定場所/エコホームズ 成田モデルハウス◎測定期間/1997年3月〜2001年8月◎延べ床面積/267.2・◎実質延べ床面積/322・◎相当隙間面積(C値)/1.13c・◎断熱材/B類3種ポリスチレンフォーム(屋根55mm、壁50mm、基礎外断熱50mm+特殊断熱50mmを90cm幅)◎第3種換気 ・ 外気と、戸外地中・床下地中の温度タイムラグ 第5図は、1年間の外気と戸外地中の温度タイムラグおよび、外気と床下地中との温度タイムラグを比較したものである。それぞれのピークは、外気が7月下旬、戸外地下1mが9月上旬、床下地下1mが11月上旬で、床下地下1mも2mも12月末日に20℃ある。計画した18℃より高い温度で夏の熱を冬まで持ち越すことに成功している。 ・ 断面図による垂直温度分布の年間変動 第5図が温度の年間変動をグラフで示したのに対して、6枚のカラー画面からなる図(グラビア)は、同じ2000年の1年間の外気・室温・地中温度を午前6時における温度の断面図で表した。 外気温が次第に地中深くに伝わっていき、家の温熱環境を支える床下地中が外気温との大きなタイムラグで、夏と冬が地上と逆になっている。(1階ホール中央は土間床タイル貼り) ・ 戸外地中温度と床下地中温度の4年間の経過 戸外地中温度(南側)と床下地中温度(住宅中央)の4年間の経過を示したのが第6図である。当初は、冬季に床下地下1mを地下5mの18℃レベルで持ち越したいとの計画であったが、初年度11月20日に20℃、1月20日に18.5℃であった。予想外であったのは、床下地中温度が年々高くなり、2000年11月20日には20.7℃、2001年1月20日には19.5℃となった。年較差も小さくなる傾向から、床下地中の土壌の水分が減少し熱伝導率が下がっている可能性が考えられる。 ・ 地熱住宅の冬季の床下地中温度と室温 2000年11月22日から2001年2月4日まで、床下の地下5mから2階の寝室までの温度経過を第7図に示す。地下1m、2m、3mの温度グラフが重なっている。外気温と地温のタイムラグを活用した地熱住宅は、冬中住宅の下方から20℃前後の大蓄熱層で支えられているのが表れている。2001年1月中旬の記録的な低温期も室温はあまり影響を受けていない。 次に、千葉県八日市場市にあるT邸(エコシステムのエッセ21)での地中温度について述べる。 ◎測定期間/2000年3月より継続測定中◎延べ床面積/167・◎実質延べ床面積/208・◎相当隙間面積(C値)/0.67c・◎断熱材/B類3種ポリスチレンフォーム(屋根115mm、壁50mm、基礎外断熱50mm+特殊断熱50mmを45cm幅)◎第3種換気◎小型熱交換器設置(1階用)◎熱気抜き用ルーフウインド設置。 ・ 地熱住宅の夏季の床下地中温度と室温 外気温と地温のタイムラグを活用した生活の営まれている地熱住宅、T邸の2001年夏季のデータ(第8図)を見ると、地下5mには冬の低温が16℃となって届いているが、冬季の日射熱や生活熱に相当する低熱源が地温以外にない。地上から一方的に熱が伝わってくるので、床下地中は深さによって温度差が大きい。それでも土間コンクリート表面の温度は23℃から24℃を保っている。エアコンドライ空気の温度より低いので、床下システムで1階の通気幅木から床下に吸い込まれたドライ空気は床下土間温度で冷やされて住宅上方より吹き出し、再利用される。 ・ 地熱住宅の夏季の床下湿度と室内湿度 第8図と同じ測定点の湿度を表したのが第9図である。床下土間コンクリート表面(床下下)の湿度は、築1年3ヶ月になっても高めであるが、土台下端(床下上)の湿度は、梅雨明けごろから居室湿度と同等の60%前後で安定している。地熱住宅の最大の課題である土台などの床下木部の湿気対策としての床下システムが効果的に稼動していることを示している。 ・ エアコン消費電力量の年間経過 地熱住宅エコシステムは、I邸のように住まい方で全く冷暖房なしで生活することができるが、生活や環境の条件によって空調機を利用する場合は、24時間微少稼動が地熱住宅には特に効果的である。 T邸の月間消費電力量を第10図に示す。2000年9月から2001年8月までの毎日の消費電力量を子メーターで計測し、月間消費電力量のグラフで表した。夏季(6月〜10月)はドライ24時間運転、冬季(11月〜5月)は18℃設定で24時間運転を行った。1年間のエアコン消費電力総量は1868.1kWhで、1kWh=20円で計算すると、年間消費電力量料金は37,362円となる。 1月末に断熱スクリーンを設置してからの効果が大きい。スクリーンで日除けをした本年は、7月の記録的な猛暑で1日10kWh、8月が1日約6kWh。昨年は平均的な夏であったが7月も8月も約10kWhであった。地熱住宅は、室温が常に床下地中温度に蓄えられるので、住宅の性能差が拡大される。このT邸は第5回「環境・省エネルギー住宅賞」を受賞した。(12 アイヌの伝統民家「チセ」に出会って今年で満20年になる。当時もうひとつの大切な出会いがあった。荒谷登北大名誉教授の名著「採暖と暖房」(13(14である。 暖を採る採暖の住意識しか持ち合わせていなかったならば、アイヌの知恵との真の出会いはなかったと思う。厳寒の地においてチセでは、夏からの熱を冬まで持ち越すという大地の壮大なタイムラグの力を、「火を絶やさない」というさりげない「伝統の暮らし方」で味方に引き寄せていた。永い歴史の中で培われた人間の営みの中に、崇高なエコロジーの原点を見た。そして今、アイヌの知恵の意味を大切に受け止めた地熱住宅の生きた実態が明らかとなりつつある。 欠点とされかねなかった夏の暑さと冬の寒さを、タイムラグでそれぞれ半年後の冬と夏に届けて、長所として受け止めることができる日本の気候風土を、先人に感謝しながら享受したいものである。 この研究に際して、地中から小屋裏までの実測に自宅を提供し、日夜、データと記録収集に全面的な協力を惜しまない共同研究者に出会うことができ、生活の営まれる住宅においての検証を行うという幸運を得たことを心から感謝する。また、継続測定をお許しいただいているご家族に、言葉に言い尽くせない感謝を申し上げさせていただきたい。 参考文献 1)イザベラ,L,バード(小針孝哉訳)(1977):明治初期の蝦夷探訪記,p76,さろるん書房 2)花岡利昌・宇佐美智和子(1982):アイヌの住居(チセ)の室内気候について(予報)ハウスクリマ研究ノート,京都府立大学,no.8,p31〜37 3)花岡利昌・磯田憲生・宇佐美智和子・青柳信克(1985):厳寒期におけるアイヌポロチセの住居気候と生活体験について(附)横手・カマクラの内部温度の一観察,ハウスクリマ研究ノート,京都府立大学,no.11,p23〜36, 4)宇佐美智和子・青柳信克(1986):アイヌ住居(チセ)の室内環境―厳寒期における復原住居の温度測定報告―,市立旭川郷土博物館研究報告,no.16,p41〜93, 5)宇佐美智和子(1987):アイヌの住居(チセ)に学ぶ北国の暖房の知恵,「北国の家」,p172〜177 北国企画出版社, 6)宇佐美智和子・青柳信克・花岡利昌・磯田憲生(1989):アイヌ住居(チセ)の長期温度測定―イロリ加熱による土間床への蓄熱―,日本建築学会北海道支部研究報告集,No62,p65〜68, 7)宇佐美智和子・青柳信克・花岡利昌・磯田憲生(1990):アイヌ住居(チセ)の長期温度測定―土間床の地中温度についてー日本建築学会北海道支部研究報告集,No63,p165〜168, 8)花岡利昌(1991):伝統民家の生態学,海青社, 9)宇佐美智和子(1999):アイヌの伝統民家「チセ」,SOLAR CAT, p36〜42,ライフフィールド研究所,No37,Winter, 10) レルヒ,テオドール・フォン(1970):明治日本の思い出―日本スキーの父の手記―中外書房、 11)其田良雄(1970):北海道旧土人保護法に基づく近文アイヌの木造住宅調査報告,市立旭川郷土博物館研究報告,no.6,p1〜16, 12)宇佐美智和子(1991):完全外断熱で甦る伝統の知恵と地中温度活用,IBEC,No124 p18〜23,(財)建築環境・省エネルギー機構, 13)荒谷登(1976):採暖と暖房,北海道建築指導センター, 14)荒谷登(1984):風土論,新建築学体系8,自然環境,p297〜349,彰国社 |
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